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これまでの経緯

ブログ上では長いブランクがありましたので、まず去年からの経緯を掻い摘んで説明致します[るんるん]



最初に、昨年(2010年)11月10日、骨髄移植から丸五年を迎えました。

詳しい方ならおわかりでしょうが、五年というのは癌関係の疾患では医学的に「治癒」と見なされます。

まだまだ移植後のGVHD(簡単に言えば後遺症)とそれに伴う合併症に煩わされていますが、言葉では何とも言い表せない万感の思いで当日は胸がいっぱいで、今思い起こしてもその気持は変わりません[ぴかぴか(新しい)]

移植後本当に様々なことがあり、悔し涙を流した日々だとも言えますが、逆にたくさんの人々にも支えられ、今少しずつ「生きている喜び」を感じられる「幸せ」に感謝しています[ぴかぴか(新しい)]

本当につらい時に支えて下さいました皆様に、心よりお礼申し上げます。



次に今年の初めから4月~5月くらいまでは、長男の大学受験の準備やこまごまとした手続き、大学入学にかかる手続きや引越しに追われる日々でした[あせあせ(飛び散る汗)]

長男は保育園の頃から空手を始めさせましたが、私の場合は「厳しすぎる指導者の親」となってしまい、道場では他の子供達よりかなり厳しく接したせいで、本人は空手の「楽しさ」よりも空手の「厳しさ」を大きく感じてしまい、「黒帯を取ったら辞めたい」と言って約束通り黒帯取得後辞めさせました。

しかし昇段審査の際、当時芦原会館の関西地区では少年部も「サバキ」をさせていましたが、加古川支部から一緒に昇段審査を受けさせた同い年の子と同様に、全員をキレイに巻き込み投げで投げて普段からの稽古の成果を発揮しましたので、この時はおおいに誉めてあげ、本人の希望通り空手から「卒業」させてあげました[パンチ]

その後長男は全く違う趣味を見つけ、高校では地域で有数のスパルタ校に入学し、今年の卒業式で答辞を読んだ女の子が「結果の出ないもどかしさに何度もつらい思いをし」「自分の頑張りは自分が一番よく知っている」と涙を交えながら読んだように、長男も受験生特有の葛藤と闘っていたようでした。

その結果が実り、この4月からある大学で一人暮らしをしながら過ごしていますが、趣味のサークルにも入り毎日が「ムッチャ楽しい[わーい(嬉しい顔)][グッド(上向き矢印)]」といつも電話口で答えています[わーい(嬉しい顔)]

サークルは文科系で本人もとても温和で優しい性格ですが、中学の時には2,3度喧嘩もしたようで、突きと蹴りのコンビネーションで叩きのめしたようですが、本人曰く「いくらやめろと言っても聞かないやつらだったから、後から考えたら空手をやっていてよかった」と話していましたので、空手を始めさせ教えた父親としては少しは報われる思いをしたものです。

7月現在、長男は大学生活にも一人暮らしにもじゅうぶん慣れその生活を謳歌し、将来の夢に向かって頑張っているようです[るんるん]



私自身はといえば、仕事で汗をいっぱい掻きながら空いた時間で空手と骨髄バンクのボランティアを行なう毎日です[ぴかぴか(新しい)]

また少しずつ近況や思ったこと、感じたことを綴っていきたいと思いますので、ここをご覧の皆様、どうぞ温かい目で見守ってくださいね。

久しぶりに・・・

一年近くぶりに更新します[るんるん]

前回更新してから様々なことがあり、都合で放置した状態でしたが、また徐々にアップしていきたいと思います[ぴかぴか(新しい)]

まずはじめに、東北の大震災被災者の方々について・・・


震災で受けた傷は、私ごときが到底計り知ることはできないでしょうが、微力ながら私も復興に向け力添えさせていただきたいと思います。


この度の震災により被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

2010年 秋祭り!

平成22年10月10日(日) 地域の秋祭りに参加してきました!
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兵庫県の姫路市を中心とした播磨地方はその年の大漁・豊作を感謝し、全国各地で行なわれる秋期例大祭の一つとして神輿や屋台を神社にて練り合わせ競う風習が古くからあり、農家でも漁師でもない多くの人の一人として私も地域の付き合いとして参加してきました[あせあせ(飛び散る汗)]
最近ではスケールアップし、1トンを越える屋台がざらにあり、担ぐのに足腰と肩に重荷が掛かり、特にタッパのある私などは一番に荷重がかかるので肩の痛みは尋常ではなく、祭りから三日経った今も痛みは完全には消えていません[ふらふら]
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大病後さまざまな事があり、丸一日参加したのは今年が初めてでした[ぴかぴか(新しい)]
身体も病気前近く筋肉がビルドアップし、空手も自分なりに納得いく動きに日々近づき、毎日が自分にチャレンンジの日々で充実して過ごしています[ぴかぴか(新しい)]

夏の剣道部 同期会

平成22年8月9日(月)、恒例の高校剣道部の同期会を行いました[exclamation]
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相変わらず楽しいひと時を過ごしましたが、心を許せる仲間がいるというのは大変ありがたい事だなぁとつくづく感じます[ぴかぴか(新しい)]

2010年 家族旅行

平成22年8月3日から三日間、家族で小豆島に旅行に行ってきました[船]
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釣り海水浴、そして旅館では瀬戸内海の幸を堪能しました[わーい(嬉しい顔)]
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5年前の夏にも家族で小豆島に来ましたが、その時は骨髄移植を目前に控え、妻も私も半ば悲壮な気持ちで訪れました・・・。
しかし今回は様々な意味で、家族での旅行を皆が楽しめた三日間でした[ぴかぴか(新しい)]
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剣道部 同期会 2010年春!

平成22年4月21日(水)、高校時代の剣道部 同期会を行いました[exclamation]

東京から法事で帰郷するヤツにあわせて臨時で行ない、今回は剣道部の女性陣も初の参加になりました[わーい(嬉しい顔)]
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東京から帰郷したヤツとは10数年ぶりに再開し、私の病後を心配してくれてましたが、会話が進み飲み続けるにつけ、その心配も不要のものだと悟ってくれたようです。

また皆このブログを見ており、色々な言葉をかけてくれ、「仲間の有難さ」を毎回痛感させられます。
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女性陣は皆いいお母さんになっており、高校時代のオテンバさがまるでウソのようでした(笑)

バレーボールの監督になっちゃいました!(^_^;)

今年度(平成22年度)、地区子ども会のバレーの監督になっちゃいました。[あせあせ(飛び散る汗)]

3年前にはソフトボールの監督になり、その模様はこのブログの後ろの方にありますが、今回は女の子たちで扱いも難しそうで、ですがコーチとしてサポートしていただける方も多く、前回と状況も違い新鮮な気持で挑んでいます[るんるん]

前回も思っていた事ですが、子ども会によってはミスした子にボロカスに言うところもあるようですが、私は監督として、励ましあい助け合い、一つの事をやり遂げたという事を子供達一人ひとりの「財産」にできるよう導いてあげたいと思っています。

それは芦原会館 加古川支部長をしている時も同じで、少年部に強い弱いとか、大会で何位になったかなんてどうでもいい、そこに至るまでに「何を得たか」が大切なんだと皆に言ってた通りです。


久々に子供達と汗を流して、本当に充実した日々を送っています。


またその模様をアップできる機会があればしたいと思います。


剣道部 同期会 2009年冬

平成21年12月29日(火)、定例の高校剣道部 同期会を行いました。
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いつもこのメンバーに会っている時だけは、包み隠すことのない、ホントの自分を曝け出して心から楽しい時間を過ごせます。
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昨年・一昨年と仕事に空手に私生活に、本当に色々な事がありましたが、2010年は気持ちを切り替え心新たに有意義な人生を歩み始める年にしたいと思います。

生きている喜び

彼女にどんな言葉をかけてあげたらいいのか・・・

昨日(12月10日)は一晩中自分の無力さに打ちひしがれて朝を迎えました。


彼女、Iさんは、私よりひとつ年下で、兵庫県姫路市に生まれ育ち、30歳で白血病に罹り、抗癌剤治療を数クール(約2年)を耐え切って無事退院しました。

その後前向きに介護士の資格をとり、市内にある老人ホームで介助、介護の仕事を楽しくしていたそうです。

しかしそんな彼女を白血病が再発というかたちで再び襲い掛かりました。

地元姫路で再び抗癌剤治療をし、再発ですので骨髄移植か臍帯血移植をしなければならず、兵庫県下で有数の実績を誇る兵庫医科大学で臍帯血移植を受けられました。

しかしその際、移植後の記憶がかなり飛んでしまい、ずっと付き添ってくれていた当時付き合っていた彼氏に、「ごめん、私あんたの事知らんから、わからんから、もう来んでもいいから!」と言ってしまったという事です。

その彼とは病気になる前から付き合っていて、初発の際にも付き添ってくれ、社会復帰後も、また再発してからも変わる事なくずっと付き添って一緒にいてくれたそうです。

その彼に先ほどの言葉を言い、それでも彼は諦めなかったが追い出したという・・・

彼女がほんとにわからなくなったから追い出したのかどうかはわかりません。


臍帯血移植が無事終わり、退院し社会復帰、体力がもたないのでコンビニのパートで毎日を過ごしていた時、私と知り合いました。

私が白血病を発症し姫路の病院で抗癌剤治療を繰り返している時、偶然「血液型が変わっちゃった!」という闘病記を読んでその作者の石原靖之さんとコンタクトを取り始め、その石原さんに彼と同時期に同じ白血病で同じ病棟で治療を受けていたIさんを紹介され、私が兵庫医大で骨髄移植の治療中見舞いに来てくれて以来の付き合いです。

私が退院し、社会復帰、職場復帰したのちも時間と体力に余裕のある時連絡を取り合ったり会ってお茶をし近況を語り合っていました。

しかし三度彼女に病魔が襲い掛かりました。

臍帯血移植の際投与される大量のステロイドの副作用で、彼女の骨はスカスカになり、背骨が押しつぶれて激痛で動けなくなり、腰骨から背骨に骨を移植する大手術を去年(平成20年)から今年(平成21年)にかけて受け、初秋にようやく退院してきました。

普通なら祝うべき退院後の彼女は涙もろくなっていました。

電話で話すと最後には必ず泣き出してしまいます。

昨日も、「お爺ちゃんやお婆ちゃんの世話が好きや!やりたい!」と電話口の向こうで叫んでいました。

背骨がまだ完全に固まってない今、また日常生活もままならない彼女に介護士の仕事に戻れる道が程遠いのは、誰の目にもあきらかだと思います。

病気にさえ罹らなければ、結婚して家庭を築き、ホントにどこにでもいる普通のお母さんになっていたでしょう。

しかしそれをあきらめて彼女なりに楽しみを見つけて生きてきたのに、ホントに数少ない介護士という楽しみまで奪われてしまい、嘆く彼女になんと声をかけていいか言葉が見つかりません・・・。

恐らく親しい友人や家族にも泣き顔は見せず気丈に振舞っているのでは、と思います。

「平山君にやから言うんやで!わかってくれるやろ?」と泣きながら話す彼女に、彼女の気持ちを癒してあげられるだけの言葉が思いつきませんでした。


「生きているだけで良かったやん」「命が助かっただけでも感謝せな」という言葉をよくかけられますが、私達キャンサーサバイバー(癌からの生還者)は、「生き残ってからも、幸せに生きる権利がある」と思います。

EXILEのHIROさん風に言うなら、「生きている喜びを感じるために、人は生きている」のだと思います。

あれもだめ、これもだめ、残るのはつらい事だけで、果たして「生きる意味」「生きる価値」はあるのでしょうか?


私達キャンサーサバイバー、特に重度の血液疾患の患者たちは、闘病そのものよりも、むしろその後の社会復帰、仕事への復帰の方がつらく苦しいものがあると感じます。


今人生の壁にぶち当たっている彼女に、私が未熟で無能だからかけてあげる言葉が思いつかないのかもしれません。

もしここをご覧の皆さんで、今のIさんに救いとなる言葉があるよという方がいらっしゃったなら、是非とも教えていただきたい。

空手の大きな大会,例えば極真会館や新極真会の世界大会で優勝・入賞するのも意義のある事だと思いますが、彼女を救ってあげるほんの一言を話してあげられる事の方が、私にとっては人としてよっぽど意義のある事だと感じられます。




Iさんに、今のIさんだからこそ、「生きている喜び」を感じてほしい、そう感じられる言葉をかけてあげたい・・・

切にそう思い願います。

EXILE

去年(平成20年)、テレビ番組で「EXILE」の特集をしていました。

元々私はEXILEの歌が好きでよく聞いていましたので、そのテレビ番組も見ました。

その中で再現ドラマがあり、今は男女・世代を越えて絶大な人気グループのリーダーのHIROさんが、ある方に言われて衆目の好奇の目が集まる中、たった一人で「Choo Choo TRAIN」を踊っている姿がありました。

HIROさんは二十歳そこそこで人気ダンスグループ「ZOO」の一員となり、まばゆいばかりの脚光を浴びたのちにグループが解散する事によって、まわりの扱いも変わり、ご本人がどん底と記されている時期にHIROさん自身の考えが大きく変わられたようです。

その後ベビーネイルのメンバーを誘い、JSB、J Soul Brothers、そしてEXILEとどんどん活躍されていきます。

テレビ番組を見ても感動しましたが、番組の中で紹介された著書「Bボーイ サラリーマン」を読んで、彼の見つけた「大切なもの」により大きく感動させられました。

ここをご覧の方は空手関係者が多いと思いますが、空手を実践している方にとってダンサーというのはナンパに映るかもしれません。

しかし彼の著書の中に「あなたにとってダンスとは何ですか?」と聞かれた際の今の心境に、わざわざ自分で身体を痛めつける一般の方から見れば理解できないであろう、「空手」というまったく別世界の関係者の方たちにも、大いに共感できるものがあるはずです。

まず、著書の帯に書かれた内容から、私が伝えたい事や深さを察していただければ幸いです。


「思いは、叶う。  絶対もう一度やってやる。心の底から強くそう信じて、どん底から頂点を目指してー。」

「20代の頃は、何も見ちゃいなかった。満員電車に乗って、毎日、仕事に出かけるオジサンたちの、真の姿について。
今は素直に思う。
世の中のすべてのオジサンに向かって、
「やっぱり、あんたたちは、格好いいよ」
そう大声でいってやりたい。
自分の父親を尊敬できない子供達に、伝えたい。
「おまえらのオヤジは、ほんとは格好いいんだぞ」
それこそエグザイルなんかの何倍も、何十倍もカッコ良いんだよ、とー。」


世のお父さんたちは絶対に読むべきです。

私はこれを読んでから、EXILEの見方が変わりました。



「Bボーイ サラリーマン」HIRO著 幻冬舎
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